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実録・神奈川の集団ストーカー犯罪

この国にも自分達だけの特権に酔い痴れる「選民」気取りがいる。私はその獣達によって社会的に抹殺された。自我という概念が消滅しつつある危機を知らしめるべく、ここに私の体験とそれに連なる真実を記す。

 
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Category: 考察 > 思想的背景   Tags: 強制的同一化  ナチスドイツ  ヒトラー    プロパガンダ  マインドコントロール  ヒトラー_~最期の12日間~  

ナチスドイツとの類似性~②“They Thought They Were Free”

 前回の続きです。

 現在この国において行われている集団ストーカー・テクノロジー犯罪は、飛躍的な技術の進歩によって、虐待行為を完全に秘匿したまま効率的に行うことが可能になっている。不本意ながら私はこれまで二年以上に亘りそれと対峙する中で、犯罪インフラを運用している側の主張(2ちゃんねるやブログを見ればそれは充分に伝わってくる)にも耳を傾けたつもりだ。しかしその結果見えてきたものはナチスと同様の思想だった。

 第一次大戦敗戦後のドイツの没落ほどではないにしろ、現代の日本人が様々な意味で危機的状況に見舞われているのは否定しようのない事実である。そしてナチスのような極端な思想を持つ勢力は、様々な宗教団体の暗躍によって年々勢力を拡大しつつあり、いつ世論のマジョリティーとなっても不思議ではない状況にある。

 ヒトラーとナチスは、「国家が没落した一因は民族の内面的堕落にある」と主張する形で、逆説的に人々の民族的優越感を高め「鼓舞した」。ではその優秀なはずの人々がなぜ、自国内の異民族(そういう遺伝的区分の基準自体も時代を経るごとに曖昧になるはずだ)やマイノリティーを一方的に殲滅することを良しとするような独善的イデオロギーに騙され、操られ、戦場に駆り出され、あげく自国の都市が焦土と化すまでに転落していったのか。

 いま我々はあの時代と現代の比較を通し、作られた「世の中の流れ」としてではなく、人間の個性や特質に着目したとき守られなければならない幸福とは何か?という基本に立ち返った、自分たち自らの回答を提起しなければならない。

「ヒトラー」で検索して拾った画像

★うっかり者の学級委員:「ヒトラーさんは自分がやったことが大失敗だったので、ちゃんと自殺したんだって~。今同じことやってる人たちも見習うべきだよね~!」
★あまり事情が分かってないユダヤ系留学生:(心の中で)「ナチめ!放課後サイモン・ヴィーゼンタール・センターにチクッたるわ。」
★お寺に居候している元スケバン:(心の中で)「仏敵め!放課後カルトナンバー付けた仲間の黒いクルマに待ち伏せさせたるわ。」
★メンヘル通いのアキバ系ネトウヨ生徒:(心の中で)「非国民め!放課後思考盗聴して2ちゃんに実況スレたてたるわ。」
★推薦入学がとっくに決まった生徒:(授業そっちのけで量子力学の本を読みながら、心の中で)「いつかお前ら全員工作員としてコキ使ったるわ。」

↑<「ヒトラー」で検索して拾った線香くさい画像と、その場に流れていそうな空気。>




■優秀なはずの民族が「強制的同一化」に陥った過程

 ヒトラーは『我が闘争』の中で「国家はいわゆる『新聞の自由』という法螺話に惑わされることなく、断固として民族教育のこの手段を確保し、国家と国民に奉仕させねばならない」と述べているが、この「民族教育の手段」と見なされたものには出版、ラジオ、映画、演劇、芸術なども含まれた。宣伝省とその傘下の帝国文化院はこれらに介入し、あるべき「民族教育」のために検閲や指導を行った。


 青少年教育に関しては、1938年12月8日、ライヒェンベルクにおける管区指導者(クライスライター)との会合において、ヒトラーが述べた次のような言葉が端的に現している。「少年少女は10歳でわれわれの組織に入り、そこではじめて新鮮な空気を吸う。その4年後、ユングフォルク(de:Deutsches Jungvolk)からヒトラーユーゲントにやってくると再びわれわれは彼らを4年間そこに入れて教育する。(中略)われわれは彼らを直ちにSA(突撃隊)、SS(親衛隊)、ナチス自動車隊等に入れるのだ。」そこで完全なナチス主義者にならない場合には国家労働奉仕団や国防軍に送り込んで「治療」する。

「そうすれば彼らは一生涯もはや自由ではなくなるのだ。」 


ヒトラーユーゲント、1
↑<1945年4月20日、ヒトラーユーゲントを閲兵するヒトラー(この10日後に地下壕内で自殺する)。>

 青少年の民族教育は党によって、「われわれが欲するままの人間へと」、「自分自身のために過ごすことのできる時期があるなどとは、誰にも言わせはしない。」ように絶え間なく行われた。また、家庭でも民族教育が行われることが強制され、それを怠った場合には処罰や子供からの損害賠償請求の対象となった。


 ヒトラーは全権委任法成立前の演説で、「国民政府は国家と国民の生存を否定しようとするすべての分岐を(民族共同体)から追放することを自らの義務」とみなし、「民族に対する裏切りは仮借なき野蛮さでもって焼き払われなければならない」とした。こうした追放の対象は、反ナチス思想の持ち主や、種的変質者や劣等民族に加え、「外国への通謀者」(Landesverräter)や、困難な時期に窃盗などを行って利得を図る「民族の害虫」なども含まれる。

 1934年4月24日には特別裁判所として人民法廷(民族裁判所、Volksgerichtshof)が設置された。この裁判所は大逆罪、背反罪、ヒトラーに対する攻撃などを管轄した。ゲッベルスは「判決が合法的であるか否かは問題ではない。むしろ判決の合目的性のみが重要なのである。(中略)裁判の基礎とすべきは、法律ではなく、犯罪者は抹殺されねばならないとの断固たる決意である。」と演説し、これを受けて所長となったローラント・フライスラーは被告人の半数近くを死刑へと追いやった。

 また、共同体にそぐわないと考えられた者には時として法によらない処分が行われた。共産党員などの強制収容所への保安拘禁、第二革命を唱える突撃隊幹部を殺害した「長いナイフの夜事件」、「水晶の夜」事件のユダヤ人商店の破壊などはその例である。


 この期間、ドイツ国民の間からは大きな反発がおこらなかった。(中略)強制的同一化の過程で行われた国民動員とプロパガンダが、国民から考える時間と材料を奪った。ミルトン・メイヤーがインタビューした言語学者は、全く新しい活動「集会、会議、対談、儀式、とりわけ提出しなければならない書類」など、以前には重要でなかったことに参加しなければならないか、もしくは参加することを「期待」されていた。それにエネルギーを使い果たし、考える時間はなくなったと回想している。「私たちに考えなければならない課題を突きつけながら、ナチズムは、しかし、絶え間ない変化と『危機』でもって私たちの目を回らせ、心を奪い取っていったのです。まったくのところ、内外の『国家の敵』という陰謀に、私たちの目は見えなくなっていました。私たちには、少しずつ私たちの周りで大きくなっていった恐るべき事態について考える時間はありませんでした。」。

 当時、特派員としてドイツに滞在していたウィリアム・L・シャイラーは、多くの人が新聞やラジオの情報とほぼ同じことを語っており、「全体国家の中で、検閲された新聞やラジオによって、人がいかにたやすく獲得されるかを経験することが出来た」と回想している。強制的同一化を経た人々は、それが政府の強制でなく自分から自発的に生み出されたものだと感じており、メイヤーがナチ党員の証言をまとめた本のタイトル『彼らは自由だと思っていた』(They Thought They Were Free)もそれを現している。 <Wikipediaより抜粋・引用>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E5%88%B6%E7%9A%84%E5%90%8C%E4%B8%80%E5%8C%96




★管理人から:ナチスの支配がそれまでの支配と異なる点がある。それは繁栄の時期が現代的な情報化社会の黎明期と重なったところである(ラジオやテレビジョンはまさにこの時期に実用化されている)。彼らは単にそういう時代に居合わせただけではなく、大衆を都合よく扇動するために宣伝省まで立ち上げてそれを積極的に活用した(この手法は「プロパガンダ」という言葉で表現されることが多いが、発想はナチスのオリジナルではない。用語自体ローマ・カトリック教会の布教活動に由来しているもので、歴史も古い。それが行われる目的も様々である。ただ国策としての大規模プロパガンダの代表例としては、ナチスが引き合いに出される場合が多い。次回触れてみます)。

メガヒットの予感、2
↑<画像:新聞によるプロパガンダに動員された市民の例(しつこいねアンタも)。と、さらなる反応を見るため敢えて火に油を注いでみるw>

 ナチスドイツではそのような手段を含む民族教育を通じて、個人的自由の限定化が青少年時代から徹底されている(これは集ストにおいて、生体情報のフィードバックという一種の究極的メディアミックスといえる虐待行為を通し、管理社会というジグソーパズルに合致しなかった人間をいちピースとなるまで徹底して思想改造していく過程を連想させる)。その中では当然、支配側のイデオロギーに異論をはさんだり、あるいはその障害となると決めつけられた者に対する、厳しい排除を許容する空気が醸成されるだろう。同時に行われた「陰謀」の流布は、問題点を自分たちの責任範囲から別のベクトルへ転嫁する。政治の逸脱に異議や異論を唱える者が出ても、本来スタビライザーとして機能するはずの司法制度に暴走を加速させる仕事が付加されたことで、事実上その声自体が抹殺される…。

 こうした手の込んだプロパガンダによる大衆マインドコントロールの完了は、「強制的同一化」の思想が支配者から与えられたものでなく、「自らが手に入れたもの」であると錯覚させることに成功した。まさに、“They Thought They Were Free”と表現されている心理状態へ集団的に陥ったわけである。当時のドイツ国民の心の中で、疑念という、支配者は忌み嫌うが、人間として持つことが至極真っ当な思考がキャンセルされてしまったのだ。その結果、優秀だったはずの人々でさえ…いや、むしろ優秀だったからこそ、持っている高い向上心や勤勉さ、規律性を刺激され、怪しい連中の都合のいいように利用されていくことになった。 

ヒトラー最後の12日間、1
ヒトラー最後の12日間、2
ヒトラー最後の12日間、3
↑<映画『ヒトラー ~最期の12日間~』より。>

 マインドコントロールが原因となって宗教による組織的犯罪が発生するケースも、これと構造はまったく同じである。
(過去記事『犯行主体についての考察(前篇)~「神の目」』の中でくわしく指摘しました。)

 ナチスの使用したテンプレートは、現代の宗教団体が仕組んだ集スト・アーキテクチャーの設計にも明らかに応用されている…対象者に対しての工作としての側面だけでなく、そこで動員される大量の運用者に対して、どのように強力なマインドコントロールを施していくかという側面においても。

(続く)



【ドキュメント作成開始日時:2012年4月19日】

(お知らせ:私のブログ記事は、数か月~数週間前から前もってWordに下書きしてある長めの原稿を分割・コピぺし、管理画面に入力しています。しかし今年に入ったあたりから、記事をUPする前に先回りするかのように、内容を仄めかすようなブログ記事・新聞記事・書籍の広告等が出現するという事態に度々見舞われるようになりました。そのときに話題になったニュースについて書いているわけでなくても、こうした「偶然の」一致は繰り返されます。つまり、下書きの段階で情報のリークが発生しているわけです。ソースの出所がPC本体なのか、私自身の生体情報(視覚)なのかは不明ですが、いずれにしろ集ストプログラムの一環としての工作であることは明らかです。原稿のオリジナリティを低下させることで執筆の意欲を削ぐのが目的だと思います。要はそれくらいヤバい領域にまで踏み込んでいるということです。というわけで、対策とできるかは微妙ですが…今回からWordでの記事作成開始日を記載してみました。)

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プロフィール

MALDASHI-X

Author:MALDASHI-X
神奈川県在住の集団ストーカー対象者。異常な情報収集をソースとした様々なハラスメントを24時間365日受け続けている。

特定の政治的思想は持っておらず、宗教団体に所属していた経歴もない。

被害に気が付いたのは'09年11月だが、加害の開始がいつからなのかは判然としない。

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