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実録・神奈川の集団ストーカー犯罪

この国にも自分達だけの特権に酔い痴れる「選民」気取りがいる。私はその獣達によって社会的に抹殺された。自我という概念が消滅しつつある危機を知らしめるべく、ここに私の体験とそれに連なる真実を記す。

 
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Category: 考察 > 思想的背景   Tags: プロパガンダ  ゲッベルス  マインドコントロール  国民ラジオ  強制的同一化  フィードバック  仄めかし  ヒトラー_~最期の12日間~  陰謀論  

ナチスドイツとの類似性~③プロパガンダ

 現在この国において行われている集団ストーカー・テクノロジー犯罪は、飛躍的な技術の進歩によって、虐待行為を完全に秘匿したまま効率的に行うことが可能になっている。不本意ながら私はこれまで二年以上に亘りそれと対峙する中で、犯罪インフラを運用している側の主張(2ちゃんねるやブログを見ればそれは充分に伝わってくる)にも耳を傾けたつもりだ。しかしその結果見えてきたものはナチスと同様の思想だった。

 第一次大戦敗戦後のドイツの没落ほどではないにしろ、現代の日本人が様々な意味で危機的状況に見舞われているのは否定しようのない事実である。そしてナチスのような極端な思想を持つ勢力は、様々な宗教団体の暗躍によって年々勢力を拡大しつつあり、いつ世論のマジョリティーとなっても不思議ではない状況にある。

 ヒトラーとナチスは、「国家が没落した一因は民族の内面的堕落にある」と主張する形で、逆説的に人々の民族的優越感を高め「鼓舞した」。ではその優秀なはずの人々がなぜ、自国内の異民族(そういう遺伝的区分の基準自体も時代を経るごとに曖昧になるはずだ)やマイノリティーを一方的に殲滅することを良しとするような独善的イデオロギーに騙され、操られ、戦場に駆り出され、あげく自国の都市が焦土と化すまでに転落していったのか。

 いま我々はあの時代と現代の比較を通し、作られた「世の中の流れ」としてではなく、人間の個性や特質に着目したとき守られなければならない幸福とは何か?という基本に立ち返った、自分たち自らの回答を提起しなければならない。 


 それでは前回の続きです。プロパガンダという側面から検証します。



プロパガンダ

 プロパガンダ(英: propaganda) は、特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する宣伝行為である。通常情報戦、心理戦もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され、しばしば大きな政治的意味を持つ。最初にプロパガンダと言う言葉を用いたのは、カトリック教会の布教聖省 (Congregatio de Propaganda Fide) の名称である。ラテン語の propagare(繁殖させる)に由来する。

~戦争遂行のためのプロパガンダ

 国家が戦争を遂行するためには、国民に戦争するしか道がないことを信じ込ませるために国策プロパガンダが頻繁に行われる。(下線)イギリスの政治家アーサー・ポンソンビーは、第一次世界大戦でイギリス政府が行った戦争プロパガンダを分析して、以下の10の法則を導き出した。

1.われわれは戦争をしたくはない。
2.しかし敵側が一方的に戦争を望んだ。
3.敵の指導者は悪魔のような人間だ。
4.われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命(大義)のために戦う。
5.そしてこの大義は神聖(崇高)なものである。
6.われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが、敵はわざと残虐行為におよんでいる。
7.敵は卑劣な兵器や戦略を用いている。
8.われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
9.芸術家や知識人も正義の戦いを支持している。
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である。
<Wikipediaより抜粋・引用>


★管理人から:引用中「国家」の部分を「宗教」に、「戦争」の部分を「集団ストーカー犯罪」に、「国民」を「信者」に置き換えて、下線で強調した部分を意識して読み返してみてほしい。

<Wikipediaより抜粋・引用~続き>
 フランスの歴史学者であるアンヌ・モレリは、この10の法則が第一次世界大戦に限らず、あらゆる戦争において共通していることを示した。そして、その著作の日本語版の辞の中で、「私たちは、戦争が終わるたびに自分が騙されていたことに気づき、『もう二度と騙されないぞ』と心に誓うが、再び戦争が始まると、性懲りもなくまた罠にはまってしまう」と指摘している。<Wikipediaより抜粋・引用>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80




■プロパガンダにおける類似性~ゲッベルスのもたらしたもの

 パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス(Paul Joseph Goebbels、1897年10月29日 - 1945年5月1日)は、ドイツの政治家。国家社会主義ドイツ労働者党第3代宣伝全国指導者、初代国民啓蒙・宣伝大臣。「プロパガンダの天才」「小さなドクトル」と称され、アドルフ・ヒトラーの政権掌握とナチス党政権下のドイツの体制維持に辣腕を発揮した。敗戦の直前、ヒトラーの遺書によってドイツ国首相に任命されるが、直後に自殺した。

ゲッベルス、1

~知識人のプライドと失業と反ユダヤ主義 ~

 1922年に大学を卒業したが、職が見つからず、一時両親の家に戻ることとなった。その後、ドレスナー銀行のケルン支店にようやく仕事を見つけたが、わずか9カ月で解雇されている。この銀行業務をしていた頃に1923年の大インフレを経験しており、ドイツ経済の惨状を目の当たりにした。そしてゲッベルス自身もますます貧困に苦しむこととなった。彼は反資本主義の思想を持つようになり、これが高じて反ユダヤ主義の思想を徐々に芽生えさせた。資本主義経済を牛耳る「国際金融ユダヤ人」なる敵の存在を妄想して敵意を飛ばすようになった。

~「国民ラジオ」~

 1933年8月20日、ベルリン第10回放送展で「国民ラジオ」がはじめて公開され、ゲッベルスは「19世紀は新聞であったが、20世紀はラジオである」と公言した。ゲッベルスは民を扇動するうえでラジオは欠かせないことをよく理解していた。ラジオのフル生産を指示し、外国放送は聞けない「国民ラジオ」を全国28の工場で大量生産させ、安価な76マルクで購入できるようにした。目的はともかくラジオをドイツ国民に普及させたことはゲッベルスの功績とされている。

~宣伝手法~

 ナチスといえば、ニュルンベルク党大会での演出やパレードなど華麗・華美な宣伝という印象が多く流布しているが、政治宣伝部門を担当していたゲッベルスが本当に望んでいた手法は全く別のものであった。

 ゲッベルス自身は、前述の政治イベント等とは違い

気楽に楽しめる娯楽の中に宣伝を刷り込ませ、相手に宣伝と気づかれないように宣伝を行う
宣伝したい内容を直接キャッチフレーズ化して強調・連呼せず、心の中で思っているであろう不満・疑問・欲望を遠まわしに刺激し暴発させる

「もっとも速度の遅い船に船団全体の速度を合わせる護送船団の如く、知識レベルの低い階層に合わせた宣伝を心掛ける」 

を政治宣伝のあるべき姿と心掛けていた。

 これらの手法・考えは、当時のドイツやソ連、そして後年幾つか登場する全体主義国家(他、カルト団体など)よりも、むしろ民主主義国家(政治だけでなく商業でも)で本領を発揮し易いもので、アメリカ大統領選挙(特に1964年以降)でのネガティブキャンペーンや大企業のCMなどが顕著な例である。

 壮大な規模の大パレードやマスゲームで優越感をくすぐり、攻撃対象を痛烈に罵倒し罵る宣伝は支持者への即効性が望める反面、ある程度以上の知性を持つ大衆、或は外国から畏怖や違和感を抱かせる逆宣伝効果が多大にある(敵対勢力に簡単に逆用されてしまう)事をゲッベルスは理解し始めていた。<Wikipediaより抜粋・引用>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B9




★管理人から:対象者に対しての情報戦としてだけでなく、運用者のマインドコントロールならびに大衆世論の支持を得る素地を固めるためにも、メディアをどのように利用していくかは現代宗教のプロパガンダと集団ストーカーにおける最も重要なポイントとなる。それについてもナチス宣伝相を務めたゲッベルスが的確にヒントを示唆している。

 彼も当時の経済の閉塞と対峙する中で、ユダヤ陰謀論に傾斜していく。宗教が終末を連想させる陰謀論をネットで流布する、現代日本と似た環境にいたということなのだろう。

 宣伝相就任後は、真っ先にラジオに注目し、扇動に利用するための環境を整える。新しいメディアの登場に際し、何らかの目的達成のためにインフラの急速な普及を促進し利用するというロールモデルを、すでにこの時代に萌芽させたのだ。まさに、うまい話にはウラがある、というやつである(冷戦時代ならテレビ、現代の集スト戦?時代ならネット・ケータイがそれにあたるだろうか)。そんな中で宣伝に関して言い残した言葉は興味深い。特に引用中赤字で示した内容は、いま宗教団体が行っている手法と何ら変わるものはないと言ってよい。



 ご存じのとおり、マスコミという分野は「S会(注:一般的にこの犯罪において主犯格として取りざたされることが多い宗教団体がありますが、当ブログではその団体を「S会」と表記します。)」の最も得意とする守備範囲である。「気楽に楽しめる娯楽の中に宣伝(広告とは違う)を刷り込ませ、相手に宣伝と気づかれないように宣伝を行う」という原則に彼らが準拠して活動していることは、日頃放送メディアや活字メディアを見るだけでよくわかる。それはこの国の大衆文化において異変を引き起こしているはずだが(代表的なものは理由もよくわからないまま突如「開始」された、いわゆる韓流ブームである)、残念ながらそのことに気付いているのは、S会と敵対する宗教団体の構成員と、集ストの対象とされた者だけである。

KARA、2
↑<画像:再び昨年の紅白歌合戦より。いわゆる渡来人として有名な京都の氏族の由来が、古代朝鮮の加羅という説もあれば、ユダヤ人だという説もある…この画像を見てついそんなことを調べてしまうのです。S会(だろ?どうせ)がこういうもんを日本でヘビロテしたい理由ってのも、その辺に関係するんでしょうか?まあいずれにしろこれは自分たちのメディアへの影響力がどの程度のもんか確認しただけかもしれないので、あまり深刻な話じゃないと思いますけど、例としては分かりやすいので取り上げてみました。>

 仮に…支配側の悪意に基づく思想を社会に伝染させる場面を想像してほしい。それが慣れ親しんだ大衆文化(我が国ではS会が支配している)を通してダウンロードされたら、誰かに押し付けられたものでなく、自発的に獲得したものだと我々には感じられるはずである。

 
 ナチスの「強制的同一化」に似たウイルスがこのやり方で本質が隠されたまま伝染すれば、それが世論形成に及ぼす影響は最終的には計り知れないものになる。 


ゲッベルス、2
ゲッベルス、3
ゲッベルス、4
↑<映画『ヒトラー ~最期の12日間~』より。原発事故の件で私は、ある新聞社の元社主(A級戦犯だが不起訴・その後CIAに協力した)が、湯川秀樹らが慎重論を唱えた早期の原発導入を強引に推し進めたことについて、新聞社に指摘したことがあります。しかし新聞社は返事もよこさないまま、「それは国会で承認された行動だった」という趣旨の記事をすぐさま掲載し、反論。それがなんだかこのセリフみたいに私には思えました。…結局何も変わっちゃいないのです。>



 また、「心の中で思っているであろう不満・疑問・欲望を遠まわしに刺激し暴発させる」という部分からは、ふたつの影響を見ることができる。

 ひとつは、運用者を操るための、宗教によるマインドコントロール手法への影響だ。「集ストという『革命』は、民衆の抱えている不満・疑問や、社会の諸問題を解決するためには不可避の行為である」というオチへ信者たちを導くために、まさにこのやり口が使われている。もうひとつは対象者に対する具体的工作…つまり、私が「鏡」と呼ぶ心理的メソッドによって、集スト対象者に対して個人情報のフィードバック仄めかし)を反復する場面での影響である。


 対象者に対し集団ストーカー(社会管理プログラムの実験)が適用される以前の段階において、ターゲット(情報の送り手をさせられる「被験者」)とできるか否かを判定するための綿密なリサーチが行われるのではないかと私は推測している。そのいわば地質調査に入るのと同時に、当然運用側は何らかの「要求」もデッチ上げているはずだ。

 だが…ここが重要だ…彼ら(宗教団体)は強大であるにもかかわらず、「要求」を突き付ける場合に法的強制力のある命令を直接対象者(管理する必要があると「判定」された者)に下すような行政執行機関からは制度上切り離されている。それを逆手にとって彼らが、三つのチャンネル(ネット、マスコミ、現地で動員される信者)を通じた対象者への生体情報フィードバックというホロコースト開始に堂々と移行できるようにするためである。要は、この「社会実験」の請負を行政機関側が忌み嫌ったのは想像に難くないのだが、むしろ実験が成立しうる口実を通さねばならないため、あえて宗教にそれを任せざるを得なかったわけだ。

 生体情報を傍受できるわけだから、対象者の「心の中で思っているであろう不満・疑問・欲望」は余すところなく運用側に伝えられる。そしてこの正確無比なデータを基に、様々な引用や比喩を用いて「遠まわしに」攻撃・批判・侮蔑を反復し、対象者を強く怒らせ、長く悩ませ、酷く辱めるというプロセスを執拗に反復していく。対象者は、この刺激によりもたらされる過酷なストレスから逃れるにはどうしたらよいかを四六時中考えるような精神状態に追い込まれる。

 こうした脅迫を通し、どのくらいの期間で被験者が運用側(支配者)の望む「強制的同一化」へ自ら向かうようになるのか?また、運用に動員される膨大な人的リソースを、どのように教育(マインドコントロール)すれば最強の「死の部隊」(後に検証します)へ変貌させられるか?…集団ストーカーとは、そういった課題を検証する人体実験である。その作業の中にもゲッベルスが提唱したプロパガンダ理論は応用されているのだ。

(しかし彼らが、実験が成功した場合当然必要となる対象者の受け皿を用意していないのはもちろん、実験の過程で被験者が受けたトラウマに対する具体的なケアと償いのプランを提示していない点を、絶対に忘れてはならない。)



 では高度な情報ネットワーク社会を実現した現代においても、集スト運用者がいまだにこれらの古い理論を踏襲しているのはなぜか。

 それは昔から人間が皆持っている脳内セキュリティプログラム・「疑念」の脆弱性をつかなければ、大衆の心の中へ支配側のウイルスを感染させにくいことには変わりがないからである。ウイルス(単一的な思想)を頻繁なプログラムの更新を欠かさないような頭脳(「ある程度以上の知性を持つ大衆、或は外国」)に対しても突破・侵入させるためには、あからさまな宣伝(「壮大な規模の大パレードやマスゲームで優越感をくすぐり、攻撃対象を痛烈に罵倒し罵る」)は、してはならない。近代的プロパガンダにおいてはメディアを最大限に活用することだけでなく、目的の達成のために絶対にその本質を悟られてはならない、という大原則に関しても、ゲッベルスはいち早く示唆したのだ。



 しかし結局ナチス政権は破滅し、ゲッベルスも家族を道連れに自ら壮絶な最期を遂げることになった。宣伝の分野では「本質を隠す」という重要な点に気が付いたにもかかわらず、国家自体は総力戦という、むしろ逆の方向へ突き進んでしまったからだ。

 プロパガンダの項で書いたように、今の日本なら「戦争」は「集団ストーカー」という単語に置き換えて考えるべきだ。それらはどちらも戦いであることに変わりはないが、誰の目にも見えるか、見えないかという点では大きな違いがある。これこそが、宗教が過去の歴史から学んだ「成果」を十二分に発揮した結果なのだ。戦火の拡大はアメリカの介入を招き、ナチスを追い詰めたが、見えない戦いには他の勢力の支援は望めない。危険な本質を隠した宗教に監視され、事実上の思想統制を受けるこの社会が変わる兆しは、残念ながらいまのところないということである。


 それでも恐るべき類似点から、これからどのような時代に突入しようとしているのかについて、我々は想像しなければならない。

(続く)

【ドキュメント作成開始日時:2012年4月19日】

★お知らせ:今回より拍手ボタンは拍手数のカウントを非表示に変更しました。多くの方に真実を伝えることの難しさに、いつも自分の無力さを思い知らされるからです…。それでも懲りずにしばらくは書き続けていこうとは思っていますので、内容に賛同してくださる方はクリックしてやってくださいませ(管理画面には記録が残ります)。泣き言みたいで情けない話ですが…よろしくお願いいたします。
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プロフィール

MALDASHI-X

Author:MALDASHI-X
神奈川県在住の集団ストーカー対象者。異常な情報収集をソースとした様々なハラスメントを24時間365日受け続けている。

特定の政治的思想は持っておらず、宗教団体に所属していた経歴もない。

被害に気が付いたのは'09年11月だが、加害の開始がいつからなのかは判然としない。

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